第10話〜

第12話 「悲しみは果てぬ」

更新日:2023年10月25日

第11話 「いくつになってもひな前日祭り」

更新日:2023年3月7日

私には祖母がいるのだが、ついこの間のひな祭りの前日、3月2日に94歳を迎えた。

そのお祝いを家族でするというので、お土産を持って帰ることに。
このお土産というのは、いつも落語会に来てくれるお客様が差し入れてくれる物が大変美味しいので、後日、自分で買い直し、お菓子好きな老婆に届けている。

その度に「東京にはこんなにハイカラなモンがあるのかい」と感動し、包みに英語が書かれたお菓子を食べた時などは「メリケンのお菓子は美味しいねえ」と、この21世紀の世に「坂本竜馬」のようにアメリカの文化に感動してしまうのだ。

そんな食いしん坊な老婆が、自身の誕生日を祝うために並べられたご馳走を前にして「入れ歯が無い」と騒ぎ出した。

 洗面所、老婆の寝床、家中を探しても見つからない。

そこで僕が「今日はいつまでしていたか覚えてないか」と問うと「おやつにとんがりコーンを食べた時はあった」と言うではないか。

「とんがりコーン」・・・「なかなかファンキーな、おやつを食べる昭和三年生まれだ」とツッコミたいのは山々、一応とんがりコーンの箱を調べることになったが、我が家にあるお菓子棚には、とんがりコーンの箱が見当たらない。

どこにあるのかと聞くと、「とんがりコーンは自分専用なので、誰にも食べられないように隠してある」と言うではないか。

もうほとんど中学生である。
そこで隠し場所を問うと、彼女はよちよちと仏間に向かい、仏壇の引き戸を開け、そこからガサゴソと、とんがりコーンの箱を取り出した。

普通、家族の家系図や何か重要な物を入れておきそうな場所に、彼女はとんがりコーンを隠していたのだ。

そうして取り出した秘伝のとんがりコーンの箱を受け取ると、重いではないか。

とてもスナック菓子とは思えない重さである。恐る恐る蓋を開けると、蓋が非常に重い。

そしてパッと蓋を見ると、幼い頃から老婆の歯磨きの度に、見慣れたあの入れ歯がすっぽりとハマっていた。

とんがりコーンを食べたことをある人はお分かり頂けると思うが、とんがりコーンの蓋は非常に精巧に出来ており、蓋だけでなく、とんがりコーン食べる際に入れられる器にもなるのだ。

恐らく食べた後に入れ歯にとんがりコーンが詰まってしまい、その除去作業の際、一旦、蓋に入れ歯を置いたら思いのほかフィットした為、入れ歯を入れたのを忘れ、そのまま蓋をしてしまったのだろう。

こうして無事、老婆の入れ歯はその口に戻ったが、老婆は「私は大事な入れ歯をとんがりコーンの蓋に入れたまま仏壇にしまっちまうなんて、どうかしてる。

もう生きていてもしょうがない」と大変に落ち込みながら、ちらしずしをお代わりし、ケンタッキーフライドチキンを二本平らげた。

94年前のひな祭りの前日に生まれ、激動の時代を生き、人様に言えない苦労もしたことだろう。

その上、こんな馬鹿な孫を育ててくれた彼女は、いくつになっても、私にとって「大事な姫君」である。

そんな姫の入れ歯を探す為ならいつでも新幹線に飛び乗るし、仏壇に隠さなくていいくらい、お菓子を買って行きたいので、皆さま、老婆が喜びそうな柔らかくてハイカラなお菓子を教えてくださいな。


おわり

第10話 「秘密の放送局」

更新日:2022年10月8日

私の生まれた群馬県渋川市・旧子持村吹屋という所は、本当に何もない田舎である。それこそコンビニなんて私が大人になるまで無かったし、遊び場所だって無かった。

よく世間の人は「田舎だから川遊びしたり山で遊んだでしょう?のどかでいいわねー。」と思われるかもしれないが、私の家の近くに流れている吾妻川は激流で、そびえ立つ山はとてつもなく険しく、とてもじゃないが遊び相手になどならなかった。

 そんな訳で常に暇を持て余していた幼少期、三つ離れた姉と、何とか知恵を振り絞り遊んでいた。

 なかでも我々、姉弟がのめり込んだ遊びがある。あれは私が幼稚園生くらいで姉が小学三年生くらいだと思ったが、我が家に壁に埋め込まれ、マイクで録音の出来る大きめなラジカセがあった。

そして、姉と私で架空のラジオ番組のMCとなり、それをそのラジカセに録音して後で聞き返し笑い転げるという遊びをしていたのだ。

まあどんな内容かと言うと。。

姉『はい!今日も始まりました。FM吹屋(吹屋というのは、我々の実家の住所の大字である)がお送りする「今夜も一大事」のお時間です。司会は私、エリザベス・和美・ジャンヌダルクです。』と群馬県子持村で生まれた村娘が歴史に名を残す二大女史の名を借りた謎の司会者が当番組を指揮っていた。

そして、そのエリザベス・和美・ジャンヌダルク(以下ジャンヌ)に「では、今日もゲストは権田原権三さんです」と今度は思いっきり和風な芸名を付けられた私が紹介される。

その後、最近あった学校や家族の出来事。我が家の夕食の献立についての討論。そして、番組の最後は決まって、姉のジャンヌが「さあ!お別れの時間となりました。それではリクエストにお応えして、チャゲ&飛鳥のYAH YAH YAHです。」と曲紹介をするのだが、肝心の曲はジャンヌと権田原権三に扮した私がアカペラであのチャゲアスの名曲を熱唱するのだ。


しかも、Aメロ Bメロは当時、我々姉弟と仲が悪かった「まーちゃんとみっ君」という親戚の姉弟を、スラム街に住む外国人ラッパーもビックリな内容でdisり続け、サビは「今からー、ますみ(まーちゃんの本名)を、ますみとみつひこ(みっ君の本名)なーぐりに行こうかー!!YAH YAH YAH」と不協和音のアカペラで熱唱するという今考えても酷すぎる内容で番組は幕を閉じる。

 何故、我々がまーちゃんとみっ君にそれほどな不満を持っていたのか、またチャゲ&飛鳥のYAH YAH YAHを気に入っていたかは、その時の情勢を克明に思い出せないので記述は控えさせて頂く。

 その内容の酷さとは反比例し、こちらの番組は人気番組と見え、日曜のお昼、テレビがゴルフと競馬しか放送しない暇な時間帯に放送され、毎回録音されていた。

 無論この番組の司会も構成もリスナーも我ら兄弟のみで決して他人に聞かれてはいけない秘密の放送局であった。というか決して他人に聞かせることは出来ないのだ。そこで我々は、A面が中森明菜メドレーという母親のカセットテープのB面に録音しておいた。

 そんなある日、まーちゃんとみっ君が我が家に遊びにやってきた。そして、我々は「おままごと」や「相撲大会」など一通り子供らしい遊びをした後に「ジュリアナトーキョーごっこ」というバブリーな時代に生まれ落ちた名残りか、ディスコ大会をしようという事になり、適当なテープをみっ君が流してしまった。

 「他所様の家の物を我が物顔で操作するなんて、どんな教育を受けているんだろう」と、自分の事を棚に上げて、みっ君に軽蔑の目を向けたが、その目はすぐさま、みっ君がラジカセに挿れたカセットテープを捉えた。

 そう、こともあろうに、みっ君が淹れたテープはあの幻の放送局「FM 吹屋」が録音されている中森明菜のテープだったのだ。

何故、我が家に100本近くあるカセットテープの中からそれを選ぶのか。

「貴様ら姉弟のそういうところが嫌いなんだよ!」
 「絶対に次の放送では、この事を歌にしてやるからな!」という我々の軽蔑の目をよそに、何も知らない、まーちゃんとみっ君は、カセットデッキに淹れられたテープの再生ボタンを押した。

 しかし、我々がここであまり取り乱さなかったのは、そのテープのA面は中森明菜であり、B面がFM 吹屋だったからである。

 A面60分もあれば、このディスコ大会も終わるだろうし、変に慌てると怪しまれると思い、中森明菜の妖艶な歌声に身を委ね、そこはジュリアナトーキョーならぬジュリアグンマーと化し、
私は、ばあちゃんが大事にしていたテンのマフラー(私の祖母はテンというイタチに似た動物の毛皮のマフラーをよそいぎの時に巻いていて、とても大事にしていた。しかも、レプリカといえど、毛皮にテンの顔付きという、なかなかグロテスクなマフラーであった)そのテンのマフラーをタンスから引っ張り出し、パンツ一丁の裸体にテンを巻きつけ、中森明菜の名曲「飾りじゃないのよ涙は」を踊り狂う様は、奇祭を売りにしているどこぞの部族すら目を覆うであろう、狂宴という名に恥じない、まさに狂宴であった。

 あまりの狂宴に我々は文字通り時間を忘れてしまい、中森明菜の後に母親が時間合わせの為に録音した「クリスタルキングの大都会」の繊細かつ壮大なイントロが鳴り始め、あの高音域で「Ahー!Ahー!!」と歌い出したが、クリスタルキングは余ったテープの埋め合わせだった為、「Ahー!Ahー!!果てし」とすぐに終わり、本当に「あーあ」の事態になってしまった。

 そして、ガチャンという音がしたかと思うと「はい!始まりました!FM吹屋 今夜は一大事のお時間です!」とこの後、本当に一大事になる事を知る由もないエリザベス・和美・ジャンヌダルクの軽快な喋りが流れたはじめた。そう、A面が終わり、カセット特有の機能で、勝手にB面が始まってしまったのだ。

 「大人は何故おでんでご飯が食べられるのか」などの我が家の献立に対する大変見識あるディベートや
「先日、ばあちゃんが我が家の床の間に出現したムカデを鎌で叩き切り、さらに下駄の歯で跡形も無いように擦りつぶりして葬ったが、その下駄が爺ちゃんのお気に入りの下駄で大喧嘩した」などの珍事件。
 遂にはクリスマスにその卑しさから「ケンタッキーフライドチキンをどこまで食べられるか」を実践し、僕の喉に骨が突き刺さり病院沙汰になった事まで聴かれてしまい、まーちゃんとみっ君は我が家の恥部をこれでもかと嘲笑うか如く下品な笑い声を上げていた。

 その笑顔がすぐに消えることも知らず。。

 そんな二人の下品な笑い声を掻き消す様に、番組のエンディングテーマが流れてきた。
そう、チャゲ&飛鳥の「YAH YAH YAH」のメロディーに乗せて、姉の「ジャンヌ」とわたくし「権田原」の調子っぱずれの奇声にも似た歌声で散々「まーちゃんとみっ君」の悪口を歌った後に、サビの「ますみとみつひこ、殴りにいこおーかー」と歌い切るあのエンディングテーマを全て聞かれてしまったのだ。。

 無論、暫しの沈黙の後、彼らに殴られたのは我々の方であった。

そして、その後、まーちゃんとみっ君の姉弟に「母の大好きな中森明菜のカセットに我が家の恥部を吹き込んでいた事、祖母の大事なテンのマフラーでジュリアナグンマーをした事など」全てを母に密告され、
我ら兄弟には「金輪際ラジカセに近づくな」という、お触れが出て、遂に秘密の放送局FM 吹屋、唯一の人気番組「今夜は一大事」はその看板に偽り無しの如く「一大事」を迎え幕を閉じたのだった。

 あれ以来あの秘密の放送局を聴いた者はいないが、暇を持て余した日曜日の昼間、あなたのお家のトランジスタラジオの周波数を回して見て下さい。
もしかしたらあの調子っ外れの「YAH YAH YAH」が聴こえてくるかもしれません。


おわり

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